室内塗装     読書

2017/3/20

タイトルの前に室内塗装と入れたのは、今から書く内容には関係なく、こうした方がインターネットの検索に引っかかりやすいと、このホームページの制作会社の人に言われたからです。 

読書はおもしろい。

私は中学校の頃から一貫して読書を楽しんでいます。

最初はルパンシリーズ、ホームズシリーズ、江戸川乱歩シリーズと読みふけりました。

推理小説から入って、「ジャン・クリストフ」「レ・ミゼラブル」や山本有三など、どんどん読んで、い

わゆる歴史小説は、二十歳前後から興味を持ち、読み始めました。

 本が傷んで買い換えるほどに読み込んだものは、司馬遼太郎の「峠」と山岡荘八の「徳川家康」です。

 特に「峠」などは4回、買いかえました。声に出して笑ってしまうほどに面白い部分もあり、時のたつ

のを忘れるほどです。上下2巻で、ざっと粗筋を書けば、1巻では、自分を学理(陽明学)に忠実に生き

ていけるようにように育てていき、2巻では学理に忠実に、現実世界の明治維新時の混乱の中で自らの

藩、越後長岡藩をどのように守っていくかに粉骨砕身、努力していく、という物語です。

 この小説の中で、河合継之助は「立場」ということをよく言っています。

「わしは越後長岡藩の家老であり、越後長岡藩は徳川家の譜代大名である、徳川家に何の忠義も尽くさ

ず、新政府のいいなりになれるか」と、徳川家のために新政府に一言、言わねばならぬと言って、藩の殿

様と藩士とで、混乱の渦中にある京都に出かけていく。新政府の面々に一言、言っても、その場には訳の

わからない公家がいて、「うん、わかった。確かに聞いた。」と軽い一言で終わってしまい、失意のうち

に帰国すると、その後、徳川慶喜が政権を新政府にゆだねる「大政奉還」という事件があって、継之助に

言わせれば、譜代藩が捨てられた形となります。

「捨てられた藩が佐幕・・・幕府をたすけるというのもおかしな話だ。・・・では、自主独立の立場を

守って 法人 と言うような形をとろう。」と、そのために過剰なほどの軍装をし、それがために、か

えって新政府ににらまれ、最終場面に移っていくわけです。

 自分は会社の幹部であることが先か、門田家の主人であることが先か、夫で、父であることが先か、な

どと本気になって考えたこともありました。・・・夫と父が同格で対外的には門田家の主人、会社の幹部

は一番下、というのが私の答えです。こちらが思うほど、会社はこちらを思いませんからね。

 

「徳川家康」も面白く、文庫本で全26冊の大作ですが、読でみると長さは気にならず、小説の中に入り

込んで疑似体験を楽しんでいます。この山岡荘八という作者、かなりの人間通と思います。半端な描写

ではなく、よくここまで人間の心のひだを書き表すことができるなあと、思うほど。つまらぬ小説などは

もっともらしく言葉を連ねても、どうも「つくりもの」であることが感じられて、白けてしまう。

 

 信長の命令で、自分の嫡子を切腹させざるを得ない羽目になり、実行するわけですが、雨の中を謹慎の

身でありながら、自分の潔白を父親である家康に信じてもらうために訴えにくるのですが、家康は言葉冷

たく追い払う。   その後、嫡子信康が切腹するわけですが、その間の父親としての苦悩が痛いほど

よくわかるような気がして、このくだりになると私も泣いてしまう。

 

自分の場合どうしても、のめり込んでしまう癖があり、客観的に読み進むのが苦手です。苦手も何も自然

と入り込んでしまうので、どうしようもありません。

 もっとも、学術的なものやビジネス書などはある程度、冷静に読めますが、数字の入ったものは全く身

が入らないのでそれも困っています。

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